Takashi IKEMATSU

買収目的に合わせた2つのM&Aスタイル

Orchestra conductor on stage

最近、M&A取引が活発化している理由のひとつに、「企業が持っているノウハウを買いたい」といったニーズが増えていることがあげられる。すでに完成した事業を買った方が、ゼロから育てるよりも経営資源、時間的にも有効であると考えるからだ。

M&Aで起こる事業シナジーは、企業の事業戦略の目的によって大きく2種類にわけられる。昨今のファッション業界でみられるM&Aはどのような価値を創出しているのか、タイプ別に解説する。

シェア拡大を目的とする水平統合

ひとつめは、市場規模の拡大や規模経済の獲得を目的に、同じ業界の競争相手を買収してマーケットシェアを獲得する水平統合だ。時計を例にすると、リシュモングループ、LVMHグループ、スウォッチグループ、フォッシルグループなどがあるが、これらも水平統合によって時計メーカーが集まり構成されたグループである。

日本のシチズンも、アメリカのブローバ、スイスのプロサー、フレデリック・コンスタントといった時計メーカーを買収。それにより、事業領域の拡大、商品の原材料調達、マーケティング、販売ネットワークの優位性などにおいて業界での競争力を高め、さらなる向上を目指している。

日本のファッション業界のように成熟期にある業界では、マーケットでの競争力を合理的に高めるための事業戦略として水平統合が頻繁に採用されている。

ノウハウを買い事業を強化する垂直統合

垂直統合とは、流通の「川上」や「川下」へ攻めていくことを意味する(川上は糸から生地がつくられる段階まで原料を取引している商社など、川下は仕入れた洋服を小売りするブランドや専門店など)。近年では、繊維商社によるブランド買収が活発だ。

大阪に本社をもつ老舗の繊維専門商社ヤギは、「タトラス」を運営するリープスアンドバウンズ(現タトラスジャパン)、瀧定大阪は「OLIVE des OLIVE」や「スタンニングルアー」を買収している。主に事業の多角化を目的としているが、ゼロからブランドを新規で立ち上げるよりもリスクが少ないという判断だろう。

垂直統合の付加価値として、デザイン力などノウハウを内製化できるため、繊維商社が主力事業とするOEM事業にもメリットをもたらすことができる。

買い手企業は事業戦略の目的に合わせてM&Aを活用している。水平統合、垂直統合は、規模拡大や事業の多角化による経営の安定化など、企業の成長を図るための重要なツールになる。そして、企業の目的が実現できるか否かは、統合後に最大限のシナジー効果を創出できるかにかかっている。

会社の横(競合他社)や縦(川上・川下)を買収相手として意識してみると、企業成長の重要なヒントがみつかるかもしれない。

Takashi IKEMATSU

アメリカ留学時代,古着屋のディーラーを経験。 国内の紹介会社を経て、2008年にエーバルーンコンサルティングを設立。 主にエグゼクティブのサーチやM&A案件を担当。

会社の売却を考えたら? 知っておくべき4つのプロセス

将来への不安は、中小企業の経営者がつねに頭を抱える問題だ。
もっと事業を成長させたいが資金が足りない、事業を継承できる後継者がいない、時代とともにマーケットが変化していて今後の経営に不安を感じている、などその理由はさまざまだ。

そんな経営者の悩みや不安を断ち切る手段のひとつが、M&Aである。では実際に、「会社を売却しよう」とを思い立ったら、なにから始めればよいのか。以下では、大きく4つのプロセスに分けて紹介する。

1. 売却の目的を考える

なぜ売却を思い立ったのか。「事業の成長スピードを加速させたい」「事業の運営を絶やしたくない」「従業員の雇用を維持したい」など売却の本質を考えることから始めよう。M&Aを進める上で、「目的」が達成されなければ売却の意味はない。

同時に、売却で譲れないポイントを考えておくことも重要だ。具体的には、売却金額、会社名(商号)の存続、従業員の処遇などを事前にまとめておくと、買い手との交渉時に明確に伝えることができる。

2. 専門家の選定

ファッション業界で実際に行われたM&Aでは、元商社出身である業界の重鎮に縁を繋げてもらったというケースをよく耳にするが、一般的な流れでは、業界に詳しいM&Aアドバイザーに相談することをおすすめする。

費用は成果報酬となることが一般的で、株式譲渡や吸収合併が成立した売却金額の5%が相場であると言われている。相談に費用が掛かることはない(一部の仲介業者では着手金が掛かる場合がある)。専門家と契約を結ぶことは必須ではないが、売却先の選定などさまざまなサポートを受けることができるので、売却が初めてのケースであれば、活用してみるのもよいだろう。

3. 売却先企業の選定

次に行うのが、売却先候補企業の選定だ。ターゲットとなりうる企業をリスト化し、候補先の絞り込みを行っていく。売却側の希望条件をベースにしつつ、候補企業の意向を確認するといった流れで、買い手の特定を進めていく。その際の留意点は、M&Aは機密情報を扱うため、外部への情報漏洩に細心の注意を払うこと、アドバイザー、売り手、買い手候補など秘密保持誓約書を交わすことは必須だ。

4. 金額提示とデューデリジェンス

正式な買収の意思表示として、買い手側より買収意向表明書を受け取る。意向表明書には目的、希望金額、取得方法、役員・従業員の処遇、資金調達の方法などが記載されており、内容に基づき買い手の選定を行っていく。

選定後は、売り手企業の財務、税務、法務などの調査をするデューデリジェンスのプロセスへ。売り手側が情報を開示して、会社に問題がないか、評価金額に値するかなど調査を行い、残業の未払いがあった、隠れ負債があったなど会社に問題があった場合は、買収金額が減額される場合や、最悪話しが消滅することもある。

5. 最終的な条件の交渉・合意

クロージングに向けての条件交渉は、契約書に記載する価格、保証、誓約など細かな合意条件を決定する重要なプロセスだ。後々のトラブルを避けるためにも、弁護士などの専門家のアドバイスを受けることをおすすめする。契約書の作成が完了し、双方が内容に合意して売却契約を締結すれば、売却が完了となる。

M&Aでは、予め設定した売却の目的を達成することが重要だ。売却が決まるまで、数か月、または1年以上の時間を費やすこともあり、通常業務に加えて売却に向けた経営者の業務負担も大きくなる。いざ売却を考えたときのために、一連の流れや、プロセスを円滑に進める相談ができる外部の専門家がいることを知っておくとよいだろう。

Takashi IKEMATSU

アメリカ留学時代,古着屋のディーラーを経験。 国内の紹介会社を経て、2008年にエーバルーンコンサルティングを設立。 主にエグゼクティブのサーチやM&A案件を担当。